コラム

和食文化のルーツは縄文時代にあり!

全国各地にある縄文遺跡から出土している動物の骨や貝殻、そして土器・石器などからは、縄文時代の食生活・食文化を伺い知ることができます。

そこから縄文時代、私たちの祖先は多種多様な食材を、さまざまな調理方法で楽しんでいたことがわかっています。その縄文時代の食文化は、現在の和食文化につながる部分もたくさん垣間見ることができます。

今回はそんな縄文時代の食文化について、現在の和食文化との共通点にも触れながら、紐解いてみましょう。

縄文時代の豊富な食材

縄文時代の台所事情を伺える貝塚からは、実にたくさんの食材となった動植物が出土しています。

「貝塚」の名前の由来になっている貝類は、350種類以上、魚類は70種類以上出土されており、縄文時代から私たちの祖先が季節ごとの魚介類を楽しんでいたことが伺い知れます。

その他には、イノシシや鹿、野ウサギ、狐、たぬき、猿など60種類以上が食べられていたようです。鳥類はキジや鴨、鶴など35種類以上、種実類はくるみやくり、どんぐりなど30種類以上が見つかっています。

これだけでも縄文時代の食材がとても豊富だったことがわかりますが、その他の植物(山菜やきのこ、海藻類など)は数百種にも及びます。

これらを旬に応じて縄文鍋に入れたと考えると、ほんとうに完璧!今の日本の食を超えています。

縄文時代の食生活と調理法

 

私たちの祖先は、そんな豊富な食材を旬に応じて縄文鍋に入れ、焼いたり燻製にしたりするだけではなく、煮込んだり茹でたりといった調理方法も用いて、料理をしています。

河川や湖、遠浅の海には、子供でも採れる貝が沢山生息していました。

それを胴長の土器で煮出すと、二枚貝がパックリと開き食べやすくなり、旨味成分のグルタミン酸や安らぎ成分ともいわれるグリシンなど、豊富なアミノ酸が濃厚に溶けだします。我々の祖先は世界でいち早く、美味しいスープを楽しんでいたのですね。

さらには、春から夏にかけて大量に獲れた貝を、寒い時期でも食せるように干し貝に加工して保存食にしていたこともわかっています。そんな水産加工の技術も、縄文人が世界に先駆けて始めていたのです。

とにかく種類が多い縄文時代の食事は、食材特有の持ち味や旬を知り、味の変化に極めて豊かな食文化だったようです。

縄文時代の食文化は和食文化のルーツ

つまり縄文時代には、すでに「旬の味わい」や「雑食文化」、そして多彩な調理方法や水産加工といった技術まで形成されていたわけです。

和食が無形文化遺産になっていることは、ご存知でしょうか。そんな和食文化は、この縄文時代にはすでにルーツとして存在していたのですね。

1万数千年前から引き継いだ栄養バランスのいい、じつに健康的な生活。

和食文化の基礎は、まさに縄文時代に形成された「旬の味わい」と「雑食文化」にあるのですね。

評価をお願いします

最近の記事